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福岡地方裁判所小倉支部 昭和52年(ワ)50号 判決

原告 義経精密工業株式会社

右代表者代表取締役 義経進之

右訴訟代理人弁護士 安部千春

同 坂元洋太郎

同 吉野高幸

同 塘岡琢磨

同 河野善一郎

同 前野宗俊

同 高木健康

同 神本博志

被告 株式会社 三井工作所

右代表者代表取締役 三井孝昭

右訴訟代理人弁護士 小柳正之

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

被告は原告に対し三、〇〇〇万円及びこれに対する昭和五二年二月九日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

との判決並びに第一項につき仮執行の宣言

二  被告

主文同旨の判決

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告会社の前身は原告代表者の個人営業で被告会社の下請として簡単な部品の機械加工等をしていたが、その後も一貫して下請の地位にあり昭和三八年一〇月平面研削盤ユニットの製造に着手し、昭和三八年一二月に有限会社に組織変更がされ、昭和三九年一月からは平面研削盤の一貫製造に着手した。原告会社は昭和四四年八月に右有限会社を組織変更して設立されたが、設立以来被告の発注にかかる平面研削盤の製造を主として営業してきたものである。

2  原・被告間には被告は原告に対し平面研削盤の製造及びその他の製品の部品製作並びに部品加工の業務を委託し、原告はこれを引受けるという製造委託基本契約(以下「本件基本契約」という。)があった。

3  被告は原告が優秀な技術を有しているところから、原告に対する支配権を取得しようとして、昭和五〇年三月、原告の株式の過半数の譲渡及び原告会社への役員の派遣を要求し、原告がこれに応じなかったため、同年四月二二日発注済みの五月分の注文を取消すとともに、六月分以降についても発注を行わない旨通告し、そのことによって本件基本契約を解除する旨意思表示をした。

しかしながら、前記製造委託基本契約一七条には契約の有効期間は昭和五一年一月三一日までとし、期間内に契約を解除する場合には三ヶ月の予告期間を要する旨の約定が存在しており、被告のした右解除は右約定に違反する違法無効なものというべきである。

また仮に右発注の取消し及び停止が右基本契約の解除に当たらないとしても、原告が被告の下請として長期間継続してその発注を受けて営業してきたという取引の実情を考えれば、三ヶ月の予告なく一方的に発注を停止することは実質的にみて右約定に違反するというべきである。

したがって、被告が五月分の発注を取消し、その後発注を止めたのは債務不履行であり、被告はそのために原告が蒙った後記損害を賠償する責任がある。

4  前述したところからも明らかなように、原告はその前身時代より長期間にわたり被告の下請企業として被告との継続的製造委託契約に基づき専ら被告からの発注にかかる平面研削盤等の製品を製造して営業を続けてきたものであり、本件事件が起る直前の昭和四八年度(同年二月一日から翌年一月三一日まで、以下同じ。)の年間売上高は三億八、四八八万六、〇〇〇円、当時の従業員数は約八〇名であり、原告の親企業たる被告への依存度は八一パーセントであった。

しかして、本件のように親会社と下請会社との間で継続的な取引が長期間にわたってなされてきたような場合には、親会社が一方的に下請会社に対する発注を止めることは、下請会社の存立を危くし、その倒産をも招くものであり、ひいてはその従業員の職を失わせるなど大きな影響があるから、それは正当な理由がない限り許されないというべきである。下請中小企業振興法に基づき定められた昭和四六年三月一二日通産省告示による振興基準には、下請業者保護のため「親事業者は継続的な取引関係を有する下請業者との取引を停止しようとする場合には、下請事業者の経営に著しい影響を与えないよう配慮し、相当の猶予期間をもって予告するものとする。」等の規定が設けられているが、このような規定に照らしても正当な理由のない一方的発注の停止が許されるべきでないことは明らかである。そして、被告の注文により継続してその主力商品である平面研削盤を完全一貫製造し、被告の分工場ともいうべき立場にあった原告にとって、発注を停止されることの影響は極めて大きいのであって(倒産は必然であり、業務、取引先の転換など再建には大きな困難を伴う。)、このことを考えれば、被告において右正当な理由があるというためには、被告の経営が不振であるという程度では足りず、原告への発注を停止しなければ、被告企業の維持存続が不可能になるという程度の必要性がなければならないというべきである。

しかるに、被告は何ら正当な理由もなく、否むしろ前記3に記載したような不当な動機から一方的に、前記中小企業振興法に基づく振興基準の規定等にも違反して原告に対する昭和五〇年五月分の発注を取消したうえ、同年六月分以降の発注を停止したものであり、右被告の違法行為により原告は後記の損害を蒙り、倒産するに至った。したがって、被告は不法行為に基づき原告の後記損害を賠償する義務がある。

5  原告に対する被告の発注高は、昭和四八年度は二億九、七〇〇万円、昭和四九年度は二億四、二〇〇万円であり、売上げのうち二分の一の利益を挙げることが可能であったから一ヶ月の利益は一、〇〇〇万円を下回らなかった。ところが、被告の前記債務不履行ないし不法行為により原告は右利益をあげることができなくなり同額の損害を蒙っている。

6  よって、本訴ではとりあえず右三ヶ月分の損害金三、〇〇〇万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和五二年二月九日から支払ずみまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否及び主張

1  請求原因に対する認否

(一) 請求原因1、2の事実は認める。

(二) 同3の事実のうち、本件基本契約の有効期間が昭和五一年一月三一日までと定められていたこと、期間内でも三ヶ月の予告で解除できる旨の約定があったことは認めるが、その余は否認する。

(三) 同4の事実のうち原告がその前身時代の昭和三六年一〇月ころより長期間にわたり継続的に被告の発注にかかる製品を製造して営業を続けてきたことは認めるが、その余は争う。

(四) 同5の事実は争う。

2  被告の主張

(一) 被告が本件基本契約を解除したものであるとの原告の主張について

原告はこれまで数度にわたり事業の失敗から経営危機に陥り、その度に被告に援助を求めてきていたが、右経営危機はいずれも被告の平面研削盤の製造とは関連のない事業の失敗に基因するのみならず、昭和四九年から昭和五〇年にかけて原告は極度の経営危機に陥ったので、被告は原告に対し安心して発注ができるよう再建されることを期待し要請する一方、当時は被告自身も未曽有の不況による営業不振から仕事量が激減し、在庫は増大して、従業員の配置転換、一時帰休等を余儀なくされていたにもかかわらず、原告に対し緊急発注の措置をとるなどして原告の再建のため援助し協力したが、再建の見通しも得られず、被告自体も右のような窮状にあったため、止むなく昭和五〇年五月分の発注を一時保留したが、本件基本契約を解除したことはない。したがって、一時保留した五月分の注文にかかる平面研削盤は同年七月に納入を受けており、同年八月、九月ころになって平面研削盤の過剰在庫も少しずつ改善されてきたので、同年九月に原告に対し平面研削盤の発注を行いたい旨申し入れたが、原告からは従来の単価の二倍程度でないと受注できない旨実質上の拒否回答を受けたものである。そして本件基本契約は期間満了により終了した。

原告は三ヶ月の予告なしに一方的に発注を停止することは右基本契約一七条に違反すると主張しているけれども、右基本契約は継続的取引に関する一般的事項及び付随的事項を明確にしたものにすぎず、これにより被告が原告に対し一定の商品の発注義務を負うものではなく、右基本契約は、個々の製品の発注は被告と原告との間でその都度具体的な取引契約を締結してなされるものであり、経済情勢、被告自身の受注量の増減・原告の経営状態等により発注の増減が生じ、ある場合には発注がゼロとなり得ることを前提としているというべきであるから、具体的な取引契約が一時的に存在しないことをもって右基本契約一七条違反をいうのは正当でない。

(二) 被告の発注の停止が違法であるとの原告の主張について

次の(1)ないし(5)に述べるような原告と被告との関係、当時の経済情勢、原被告双方の経営の状態、被告のとった原告に対する救済策、原告のこれに対する対応等を考慮すれば、被告が原告に対し前記程度の一時的発注の停止を行ったことはやむを得ない正当なものであったというべきである。なお、被告は原告をはるかに超える高度の技術を保有しており、原告の製作技術も被告の指導によるものであって、被告としては原告に対し資本参加して支配権を取得する必要などなく、その意図もなかったものである。

(1) 原告会社は設立以来被告とは無関係な他の事業への積極的な進出を企図し、昭和四〇年一一月洗濯機、昭和四二年三月印刷機、昭和四五年五月自動瓦製造機、同年七月自動包餡機を製造販売したが、いずれも永続きせず失敗した。その後も原告は他事業部門への進出と取引先拡大の方針をとり、特に昭和四八年度にはポリカイト(人造石材)部門へ進出し、過大な設備投資を行ったが、極度の売上不振の結果昭和四九年末頃には資金的に行詰った。

右のように成功はしなかったものの原告は被告から何ら拘束を受けずに自由に他部門へと進出し、他の企業と取引することも自由であったものである。

(2) 原告は他の事業に失敗するたびに被告に援助を申し入れ、被告は平面研削盤等の代金と有償支給分部品等の代金との相殺時期を製品納入時の翌月からその四ヶ月後へと変更したり、融資の斡旋、製品代金の手形決済から現金決済への変更等を行って救済を与えてきた。そして昭和四九年末ころ原告が資金的に行詰った際には被告自身後記に述べるとおり経営が窮状にあり、発注を一時停止するほかない状態であったにもかかわらず、原告の要請に応じ、あえて昭和五〇年一月から同年五月までの間に平面研削盤月平均一六台、ユニット、付属品月平均八〇〇万円相当の一括発注を内示し、それぞれ発注を了えた。また被告は昭和五〇年四月にも原告から支払手形の決済資金の融資を要請され、三〇〇万円を融資した。

右のように原告は幾度となく被告とは関連のない事業の失敗、不振により資金不足を来たし、その都度被告の援助を求めてきたのに対し、被告はできる限りの援助を与えてきた。そして、原告から前記緊急発注の要請があった際、被告が原告に対し安心して発注ができる体制をとってほしいと要望した結果、原告から増資、遊休不動産の処分、商工中金からの融資を受けることを主たる内容とする再建計画案が示されたが、いずれも実現性の乏しいもので、再建の見通しは得られなかった。

原告は前記緊急発注の甲斐なく、新日本製鉄、日産自動車関係への進出が実現せず、ポリカイト等の売上が予想をはるかに下回り、加えて詐取された約束手形八〇〇万円の支払を余儀なくされる事もあって、同年一一月に二回目の不渡手形を出して倒産したものである。

(3) 日本経済は昭和四八年秋に発生したいわゆるオイルショックにより昭和四九年から昭和五一年にかけて未曽有の不況となり、被告もその影響を受け、昭和四九年度(同年二月一日から翌年一月三一日まで、以下同じ。)においては売上高、利益とも前年度に比し急激に悪化し、辛うじて黒字を計上するという状況であり、昭和五〇年度は不況は更に深刻化し、発注は完全に近い程停止して、売上高、利益とも更に激減し、会社設立以来初めにしてかつ三億四、一〇〇万円という膨大な損失を計上するに至った。

右事態に対処するため被告会社では平面研削盤を含む工作機械部門の従業員を三ヶ月間も構内清掃作業に従事させ、被告会社全体で四四八名の従業員を三八八名にまで減員し、昭和五〇年の春のべースアップ・賞与はゼロとする措置をとり、役員報酬・管理職賃金のカットを行ったほか、昭和五〇年六月一日から一ヶ月にわたる一時帰休を実施した。

(4) 被告は右のような経営危機に直面していたところ、被告が原告に対し緊急発注のため生産計画を提示した後も、被告会社における平面研削盤の受注は依然として不振であり、販売台数は前年度の一ヶ月平均三〇台に比べ、昭和五〇年一月六台、同年二月二台、同年三月一七台、同年四月一五台と減少し、逆に在庫は昭和四九年一二月末七三台、昭和五〇年一月九二台、同年二月一一九台、同年三月一一八台、同年四月一二四台と増加し、工場内はこれらの在庫で満ち、これ以上在庫がふえるとその保管場所すらないという状態となったので、五月分の納入を一時待ってほしい旨昭和五〇年四月下旬頃原告に連絡したものである。

(5) 原告は昭和五〇年七月以降中田商事との間で原告が平面研削盤を製造し、中田商事がこれを販売するという内容の業務提携の作業を積極的に進め、独自に平面研削盤を市場に出して被告と競業関係に立ち、原告が昭和五〇年八月以降の分について発注しようとしたのに対し、前述のとおり実質的拒否の態度をとった。

したがって、被告が、同年八月以降平面研削盤の発注ができなかったのは、原・被告の経営状況のほか右のような事情があったためである。

三  被告の主張2の(二)に対する認否及び反論

1  同2の(二)の前文は争う。

2  同2の(二)の(1)の事実のうち原告が平面研削盤以外の被告主張の製品の製造、販売を行ったことは認めるが、その余は否認する。

原告は平面研削盤の製造による収益がおもわしくないので右のようなこれと関連のない事業を行い、それが一定の収益をあげ得たため経営を維持することができたのである。

3  同2の(二)の(2)の事実のうち被告が昭和五〇年一月から同年五月までの間について被告主張の発注をしたことは認めるが、その余は争う。

被告はそれ以前は月平均三〇台、昭和四九年一二月でも二〇台を発注していたのであって、前記程度の発注は緊急発注などといえるものではない。被告はこのようにユニット、付属品を中心とする発注をし、その代わり平面研削盤等の代金と有償支給分部品等の代金との相殺時期を製品納入時の四ヶ月後から納入翌月へと変更をして、それまでの売掛金を一気に回収したものである。原告は土地等の不動産を所有していたから再建は十分可能であった。

4  同2の(二)の(3)の事実のうち、昭和五〇年四月当時日本経済が不況の中にあり、被告もその不況に見舞われていたことは認めるが、その余は争う。

5  同2の(二)の(4)の事実は争う。

6  同2の(二)の(5)の事実のうち、原告が中田商事と提携しようとした事実は認めるが、その余は否認する。

被告からの発注がない以上、他社と提携しようとするのは当然であるが、被告の圧力により中田商事との提携交渉は不調に終ったものである。

第三証拠関係《省略》

理由

一  請求原因1、2の各事実は、当事者間に争いがない。

二  原告は、被告は昭和五〇年四月二二日本件基本契約を予告なしに一方的に解除し、そうでないとしても発注を一方的に取消し、停止したが、そのことは期間中契約を解除するには三ヶ月の予告期間を要する旨定める本件基本契約一七条に違反し、違法、無効であると主張するので、この点について判断する。

《証拠省略》によれば、次の事実が認められる。

(一)  原告と被告との間には、被告が継続的に平面研削盤及びその付属品、ユニットの製造を委託し、原告がこれを引き受けるという取引関係があったが、昭和四八、九年ころは通常被告において、平面研削盤本体は三ヶ月前に一ヶ月分の生産計画表を提示、付属品、ユニットは二ヶ月前に同計画表を提示して発注し、部品等は有償、無償を含め当該月までに支給し、代金は製品納入月の翌月二〇日払いで、原告が支払うべき有償支給分の部品等の代金は納入月の約四ヶ月後に右製品の代金と対当額で相殺する取決めであり、代金の支払は当初手形による支払であったが、昭和四八年からは原告の要望により現金支払に変わっていた。

平面研削盤の昭和四七年度(同年二月から翌年一月まで、以下同じ)から昭和四九年度までの各年度の発注台数は昭和四七年度二九二台(大型一一三台、小型一七九台)、昭和四八年度三五八台(大型一七六台、小型一八二台)、昭和四九年度三二五台(大型一六二台、小型一六三台)で、ユニット、付属品その他を入れた月平均総取引額は昭和四七年度約一、七〇〇万円、昭和四八年度約二、四〇〇万円、昭和四九年度約二、〇〇〇万円であった。

(二)  ところが、昭和四八年秋に発生したいわゆるオイルショックにより日本経済は昭和四九年から著しい不況に陥り、被告にもその影響が及んで同年の後半より右製品の受注、販売台数が減少し、在庫が増大する状態になり、そのため同年七月までは前記のような手順で順調に発注計画の提示がされていたが、その後はその提示が一〇日、二〇日と遅れるようになり、同年一一月の段階では被告として発注計画の提示を停止せざるを得ないような状況になった。

(三)  他方原告は、被告との前記取引の外に洗たく機、切断機、印刷機ユニットの製造を行い経営を続けていたが、昭和四六年度からは業績が悪化し、昭和四七年度は約一、六三三万円の欠損を出し、昭和四八年度は辛うじて約一〇〇万円の利益を計上したに止まり、その経営は苦しい状況にあった。原告は被告より融資の斡旋を受けたり、有償支給分部品の代金の相殺時期を製品の納入時の翌月であったのを四ヶ月後にする、代金の支払を約束手形によっていたのを現金払とする措置をとってもらうなどの支援を受けていたが、右のような経営難を乗り切るには十分でないと判断し、昭和四八年春ごろには建築資材であるポリカイトの製造販売を行うことを計画し、工場の建設、機械設備のため八、〇〇〇万円以上の投資を行い、昭和四九年春ころ工場を完成させてその後操業を開始したが、オイルショック後の不況のあおりを受け、販売はうまくいかず、その他の部門でも資材の値上り等による経費の増加で利益があまり上がらず、結局昭和四九年度においては被告との間の取引に関連のある鉄工部門では一応約一、七八九万円の利益を計上したものの、被告とは関係のないポリカイト部門では七〇八万円、鋳造部門では九七一万円の欠損となり、全体では二、三三七万円余りの欠損を出し、ポリカイト部門への多額の投資もたたって昭和四九年末には資金的に行詰まることとなった。

(四)  そのような状況にあって、原告は被告に対し、昭和五〇年四、五月ころになれば、新日本製鉄、日産自動車との取引も実現し、ポリカイト部門の売上げもでてきて余裕ができると思うので、今の段階では発注の停止などせず、何とか昭和五〇年の五月ころまでの発注計画を提示して支援してほしい旨要請を行った。被告は前述のとおり原告への発注を停止せざるを得ない状況にあったが、これまでの取引関係を考慮して原告を支援することとし、昭和五〇年一月から同年五月までの間に平面研削盤を大小合わせ月平均一六台、ユニット、付属品を月平均八〇〇万円相当(合計月平均約一、八〇〇万円)を発注する旨の一括発注計画を示し、そのとおり発注を行っていった。もっとも、原告はその時期経営危機に陥っていたから、被告としては万一原告が倒産するようなことがあっても損害はできるだけ少くしたいとの考えから、右発注計画を提示するに当たっては、有償支給分部品の代金の相殺時期を製品納入時の翌月に戻すことを条件とし、原告に対し有効期間を昭和五一年一月末日までとする右相殺時期に関する条件を盛り込んだ本件基本契約を締結させ、(ただし、右の決済条件に従った相殺が行われたのは昭和五〇年四月以降である。)、更に被告が安心して発注できるよう原告会社を再建してほしい旨要請し、再建計画案の提示を求めた。

(五)  しかしながら、被告からの発注内容自体従前よりやや悪くなっていたうえ、期待されていた新日鉄、日産自動車との取引はなかなか実現せず、ポリカイトの売上げも予想をはるかに下回ったため、原告の業績は好転せず、約束手形八〇〇万円を詐取される事故も重なって原告の資金繰りは逼迫した。そして原告から被告に対し増資、遊休不動産の処分、商工中金から融資を受けることを内容とする再建計画案が示されたが、どれも具体化されないまま、昭和五〇年四月末ころには原告の経営は危険な状態に陥った。(なお、被告は同年四月二〇日の製品代金支払日から、有償支給部品代の相殺時期を早め、過去四ヶ月分の部品代を一時に相殺し、四月分の原告の手取額は一五九万円余と従前の一、〇〇〇万円前後に比して激減したため、原告の資金状態は一層苦しいものになった。しかしながら、被告の部品売掛金は右相殺によってなくなったわけではなく、なお四八〇万円余が残った。)

一方その間被告の側でも平面研削盤の販売台数は昭和四九年度において一ヶ月平均約三〇台あったものが、昭和五〇年一月六台、同年二月二台、同年三月一七台、同年四月一五台と減少し、在庫は昭和五〇年一月九二台、同年二月一一九台、同年三月一一八台、同年四月一二四台と増加し、工場内はこれらの在庫で満ちてこれ以上収容できないほどになり、平面研削盤等の工作機械の製造販売部門だけで右期間中一、九〇〇万円の赤字を計上し、経営上苦しい立場に追い込まれた。そこで、被告は、右のような原被告双方の経営状態を考慮して、このまま原告に発注を続けることは無理であると判断し、同年四月末ころ同年五月分納入を一時保留してもらい、同年六月分以降については平面研削盤の発注を一時見合わせることを決定し、その旨原告に対し通知した。

その後被告は納入を一時保留してもらった五月分については仕掛品を被告の工場で組立ててもらい同年七月に納入を受けた。なお、被告はユニット、付属品については昭和五〇年五月以降も同年九月までは少額ではあるが、発注を続けた。

(六)  被告は、昭和五〇年八月、九月ころになり平面研削盤の過剰在庫も少しずつ減少し改善されてきたので、同年九月に原告に対し右商品の発注を再開したい旨申し入れた。ところが、原告は同年七月ころより自ら右商品を製造して販売すべく、その販売につき中田商事との間で業務提携の話を進めており、同年九月ころには業務提携ができるとの確信を得るまでに至っていた。そのため、原告は従来の単価の二倍程度でないと受注できない旨強気の回答をし、被告はこれを実質的な取引の拒否であると受取り、原告に対する発注を断念した。

(七)  その後原告は昭和五〇年一〇月六日及び同年一一月七日に不渡手形を出して倒産するに至り、被告は同年一二月二七日付の書面で原告に対し本件基本契約一七条に基づき期間満了後は同契約を継続する意思のない旨の通知を発し、同通知はそのころ原告に到達した。

以上の事実が認められ(る。)《証拠判断省略》

右認定によれば、被告は昭和五〇年四月末ころ原告に対し既に発注済の同年五月分の平面研削盤一六台について納入を一時待ってほしい旨の、また同年六月以降については平面研削盤の発注を一時見合わせる旨の意向を伝え、結局同年六月以降は被告から原告に対し平面研削盤の発注はされず更に同年九月以降はユニット、付属品を含め一切の発注が停止され、本件基本契約の有効期間は満了するに至ったことになる。しかしながら、被告は自らの経営が苦しいにもかかわらず、原告を支援するため一括発注をしている等同年四月末ころまでの原被告の取引の経過、その後被告は同年七月には納入を留保した五月分の製品を納入し、ユニット、付属品については若干ではあるが同年九月分まで発注をしていること、被告は在庫の状態が改善されてきた同年九月には原告に対し平面研削盤の発注の再開を申入れていることを考え合わせると、五月分の平面研削盤の納入を一時留保し、六月分以降の同製品の発注を見合わせる旨の被告の意思表示は、あくまでも前記認定の原被告の各経営状況を考慮し、景気が好転し、あるいは原告の経営状態の改善の見通しがつくまで一時的に停止するという趣旨のものであり、被告としては原告との取引を直ちに断絶する意図はもっていなかったとみられるから、右意思表示をもって本件基本契約の解除の意思表示と認めることはできない。なお、その後被告から原告に対する発注が再開されることはなかったことになるが、昭和五〇年九月ころ被告が発注を再開したい旨申し入れたのに対し、原告が従来の単価の二倍位でないと応じられない旨回答したのは実質的に右被告の申入れに対する拒否の回答であるとみる外なく、したがって、同年九月以降について発注がされなかったのは、むしろ原告の都合によるもので被告の一方的意思に基づくものではないと認められるのであって、右の点は被告の発注停止が一時的なものであるとの前記認定を妨げるものではない。

他に被告が本件基本契約を解除する旨の意思表示をしたことを認めるに足る証拠はない。

三  また、《証拠省略》により認められる本件基本契約の内容によれば、右基本契約が、原被告間の継続的取引に関する基本的、一般的事項を定めたもので、原告に対し一定種類、一定量の商品を発注することを被告に義務づけたものではなく、個々の商品の発注については原被告間でその都度具体的取引契約を締結してなされるべく予定したものであることは明らかである。そして右の点及び前記二認定の原被告間の取引の態様からみれば、右基本契約は、原被告双方の営業状態等により発注の増減が生じることは当然の前提としているというべきであり、右営業状態いかんによっては被告において発注をゼロにすることも敢えて否定するものではないと解すべきである。

ところで、前記二認定のとおり、被告は原被告双方の前記経営状態を考慮し、一時的に平面研削盤の発注の停止を行ったものであって、被告の右のような措置は本件基本契約上許容された範囲のものというべきであり、右措置が期間中契約を解除するには三ヶ月の予告期間を置くように定めた本件基本契約一七条の規定の趣旨に反するものということはできない。

四1  次に、原告は、原被告間におけるように親会社と下請会社との間で継続的な取引が長期間にわたってなされてきたような場合には、親会社である被告が一方的に発注を止めるには正当な理由が必要であるというべきところ、被告は何らの正当な理由なく発注を一方的に止めたものであって、右行為は違法であると主張する。

しかして、原告が昭和三六年原告代表者の個人企業であったその前身時代被告の下請としてその注文を受け部品の機械加工を始めて以来、昭和三八年一二月に有限会社に、昭和四四年八月に株式会社に組織変更がされたものの一貫して被告の下請の地位にあり、昭和三九年一月からは継続して被告から平面研削盤及びその部品等の製造の委託を受け、その製造を主として営業してきたものであることは既に認定したとおりであり、《証拠省略》によれば、昭和四九年当時原告会社の従業員数は八〇名程度であり、原告の全体の売上の内被告に対する売上げの占める割合は漸減傾向にあったものの昭和四九年度においても約七〇パーセントに達していたこと、原告会社の組織、設備は被告注文にかかる平面研削盤の一貫製造を行うということを中心に作られ、他の業種への転換は容易なことではなかったことが認められ、右によれば原告の被告に対する企業としての依存度はかなり高いものであったと認められる。

ところで、右のように親企業と下請企業との間で長期間にわたり、一定の商品について継続的な取引がされている場合には、下請企業は特別の事情がない限り親企業から継続的に右商品の注文を受けることができるとの期待のもとに営業活動を行っているのであって、親企業の注文が止まれば下請企業はその存立の基盤を奪われ重大な影響を受けることになるのだから、下請企業の右期待は単なる期待にとどまるものではなく、法律上保護されるべき企業利益というべきであり、したがって、親企業において右発注を停止するにはやむを得ない事由がある場合でなければならず、故なく発注を停止することは右下請企業の企業利益を侵害するものであって、違法というべきである。

本件についてこれをみるに、被告は昭和五〇年四月当時オイルショック後の経済不況の影響を受けて平面研削盤の販売台数が著しく減少し、倉庫に収容できないほどの在庫をかかえ経営上苦しい立場にあったこと、他方原告も右経済不況下にあって資金繰りが悪化し、被告から昭和五〇年一月分から五月分までの一括発注という支援を受けたものの、多大な投資を行ったポリカイト部門の業績が振わず、約束手形を詐取されるという事故も重なって資金繰は更に悪化し、遊休資産の売却等による再建策も何ら具体化されないまま、同年四月末ころには倒産という事態も起りかねないような危険な状態に陥ったことは既に認定したとおりである。

また、《証拠省略》によれば、被告会社では昭和五〇年度において売上高、利益とも前年度より著しく減少し、会社設立以来初めて約三億四、一〇〇万円の損失を計上するに至ったこと、そして不況対策として全従業員に対し経費節減を訴えるとともに、仕事がないため暇になった従業員を構内清掃作業に従事させ、また全体で六〇名以上の人員削減をはかるなどしたが、それでもなお従業員の一部につき昭和五〇年六月一日から一ヶ月間の一時帰休を実施せざるを得なかったことが、認められる。

しかして、右のような当時の経済情勢、原・被告双方の経営状況のもとでは、原告の被告に対する依存度がかなり高いことを考慮しても、なお被告が前記のように昭和五〇年五月、六月、八月の発注を停止したことは無理もないことというべきであって、右発注停止にはこれを必要とするやむを得ない事由があったと認めるのが相当である。なお、被告は原告に倒産の危険があると考え、その際の損害を最少限度に止めたい意図の下に、昭和五〇年四月分の清算時に従来四ヶ月後に相殺していた原告に対する有償支給部品代債権を一ヶ月後と改め、一挙に右債権の大半を回収し、結果的にはこれが原告の資金不足に拍車をかけたことは前認定のとおりではあるが、被告も一個の企業である以上まことに致し方のないところであって、右事情も必ずしも前記判断に消長を及ぼすものではない。また、被告が昭和五〇年九月以降の発注をしなかったのは、前記二認定のとおり被告が同年九月に発注の再開を申し入れたのに対し原告が実質上これを拒否する回答をしたためであって、被告の責に帰すべき事由によるものでないことは明らかである。

2  原告は被告が発注を停止するには、発注を停止しなければ被告企業の維持存続が不可能になる程度でなければならないと主張している。

しかしながら、原・被告はそれぞれ別個の法人たる企業であり、前記二認定の事実に《証拠省略》を合わせると、両者の資本構成、役員構成には関連性がなく、人事、経営管理の面で被告が直接原告に対し指揮、監督するという関係もなかったこと、原告は被告と関係のない切断機やポリカイトの製造、販売等の事業も行い、被告以外の企業とも取引をしていたことが認められる。

そして、被告は原告を下請として継続的に取引をしていることによりその取引については前記のとおり一定の制約を受けるというべきであるが、原告も右認定のとおり被告に全く従属した企業ではなく、営業活動についても相当の自由を有する一個の独立した企業であるから、その維持、存続は基本的には自らの責任において図られるべきものであって、契約上原告に対し一定の発注義務を負っているわけでもない被告において製品の受注量、在庫量、取引相手たる原告の信用状態等に関係なく、自らが倒産するおそれがあるという場合でない限り原告に対し発注義務を負うものと解することは到底できない。したがって原告の右主張は理由がない。

また、《証拠省略》によれば、中小企業診断士である蒔田光義は、被告の昭和五〇年度における資金運用状況を分析したうえ、被告は同年度において赤字決算となっているものの、企業の総合的な経済力からみると、原告に対しこれを破綻させないだけの最少限の発注を続ける余裕はあったと判断している。しかしながら、右の判断もその内容からみると被告が昭和五〇年四月当時において著しい受注減、在庫の増加により苦しい経営状態にあったことを否定する趣旨を含むものではないと認められるところ、右のような具体的状況下においては被告が原告への発注を一時停止するか、発注を続けるとしてその量をどうするかといった事柄は企業として自己の責任においてその維持存続を図っていかねばならない被告の経営上の裁量に属するというべきで、その点につき違法かどうかを問題にする余地はないというべきであるから、仮に右蒔田光義の判断が肯認されるとしても、そのことは被告の一時発注の停止の措置がやむを得ないものであったとの前記認定を左右するものではない。

3  なお、原告は被告が行った発注停止が、原告の主張する下請中小企業振興法に基づく振興基準の規定等に違反すると主張する。しかしながら、右基準の規定等は下請中小企業の振興を図るため親事業者が協力すべき事項を努力目標として規定しているにすぎず、右規定に違反する親事業者の行為が直ちに違法となるものでないことは明らかである。

4  更に、原告は、被告が原告に対する支配権を得ようとして原告の株式の過半数の譲渡及び役員の派遣を要求したのに対し原告がこれに応じなかったため、その報復措置として本件発注の停止がされたものであると主張し、証人山下常二郎、原告代表者本人は右主張にそう供述をしている。

しかしながら、本件発注が停止されたのは、前記二認定のとおり被告が、原被告双方の経営状態を考慮し、これ以上の発注を続けるのは無理であると判断した結果によるものであり、そればかりでなく、《証拠省略》によれば、被告は原告に対し昭和五〇年初めころ被告が原告会社の株式の過半数を持ち、原告会社に役員を派遣することを求めたことがあるが、それはあくまでも原告からその再建のため資本参加をして支援してほしい旨要請されたのに対し、右再建策に対する協力の条件として示された案にすぎず、被告が積極的に原告の支配権を得る意図を有していたわけではないことが認められるのであって、右《証拠省略》は右認定に照らしてにわかに措信できず、他に右原告主張事実を認めるに足る証拠はない。

五  以上によれば、被告の債務不履行ないし不法行為を理由とする原告の本訴請求は失当であるから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 諸江田鶴雄 裁判官 青柳馨 竹中邦夫)

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